FPGA 使え、って社長に言われた。さぁ、どうする? (4)

前回までのお話

 会社に戻り、どのような製品開発をするかについて考えた Y 君。最初は身近なところから、ということで主力製品である通信機器を見直し、FPGA を活用することで付加価値をつけることにした。第1回目の企画会議に向けて資料を作成し、準備万端と思っていたが・・・。(前回の話はこちら

調査報告 (1回目) @会議室

Y 君:おはようございます。お時間頂きありがとうございます。それでは、本日はよろしくお願いします。

社長:おはようございます。それでは、調査結果および新部署の戦略案を聞かせてください。

Y 君:はい。まず、お手元の資料をご覧いただく前に、ユニコーン企業とゼブラ企業について簡単に紹介させて頂きます。

社長:はい、お願いします。

Y 君:ユニコーン企業というのは、2013年の Aileen Lee 氏による “Welcome to the Unicorn Club: Learning From Billion-Dollar Startups” という記事に由来すると言われています。ざっくりとですが、① 10億 US ドル以上の価値、②操業10年以内、③未上場、④テクノロジー主体という特徴を備えた企業のことを、その希少価値を分かり易くするために、ユニコーンという言葉で表現しています。

社長:このネーミングセンスは秀逸ですね。ただ、2013年とは知りませんでした。

Y 君:はい。そして、ユニコーンというキーワードも新しいのですが、このユニコーンに対する新しい概念として、Zebras Unite という米団体により、ゼブラというキーワードが2017年に生まれています。Zebras Unite は、企業としてのあるべき姿は投資家の顔色ばかりを窺うのではなく、顧客・関連企業・地域社会などとじっくりと向きあい、これらとの互助および持続的発展を続けていくことが望ましい、と提案しています。この Zebras Unite は、東京支部も持っています

社長:投資家や銀行も大事で無視することはできませんけど、本当なら同じ時間以上に顧客や関連会社と向き合うべきですね。ただ、この話と新戦略とは一体何の関係があるのでしょうか。

Y 君:提案させて頂く新戦略は、このユニコーンと並走するゼブラになる、がコンセプトです。そこで、申し訳ありませんが、ユニコーンとゼブラについてもう少し説明を続けさせてください。

社長:わかりました。続けてください。

Y 君:ユニコーンは成長性を重視しており、会社の成長率は指数関数で表現できます。最近では、10 倍を意味する接頭辞のデカ (deca) との造語のデカコーン (100 億 US ドル以上)、100倍意味するヘクト (hecto) との造語のヘクトコーン (1000 億 US ドル以上) も登場しています。ただ、これらの造語から推測されるように、あくまでも企業の価値は経済規模を追求したものとなっています。つまり、ユニコーンによる市場の独占、または周辺市場などの破壊を引き起こすことも稀ではありません。

社長:ユニコーンというイメージのせいかもしれませんけれど、そこまでの悪いイメージはありませんね。ただ、わずか10年で1兆円以上の価値に達すると言うのは確かに破壊的ですよね。

Y 君:日本ではユニコーンが身近でないからあまり意識したことがない、というのもあると思います。お手元の資料の3ページ目をご覧ください。Hurun Global Unicorn Index 2020 のデータを参照していますが、2020年時点でユニコーンと考えられるベンチャー企業は世界で586社と報告されています。一方、日本からのユニコーンは3社しかありません。

社長:これは凄いですね。アメリカと中国がそれぞれ230前後のユニコーンがあるのと対照に、日本には3社しかないですね。

Y 君:これを悲観的に捉える話も多いですが、そこまで心配する必要はない、というのがゼブラという考え方です。これはお手元の資料の4ページ目になります。ここで示すデータは、一般社団法人である100年経営研究機構の調査 (2014 年時点) の抜粋です。全世界の100年超の企業を調査したもので、全世界で約63,000社が確認されています。日本は25,321社で世界1位。2位は米国で11,735社、続いてドイツの7,632社となります。200年以上の企業をカウントすると、全世界で5,586社。日本が世界1位で3,397社、これにドイツ (837 社、2位 )、フランス (196 社、3 位 ) と続きます。

社長:100年以上続くには企業努力だけではなく他の要因もいろいろと影響すると思いますけど、ゼブラと言う考えで見ると日本が圧倒的に多いのは事実ですね。

Y 君:はい。私が、まずここで強調したいことは、日本の中小企業は地域社会や顧客と向き合い、そのニーズを捉えつつも、欲張らないで互助の精神を持ち続けたからこそこの結果に繋がっているに違いない、ということです。もし、市場の独占や囲い込み、あるいは企業単独での利益を優先し続けたなら、特定の企業が100年以上もの長い期間、存続し続けるのは難しいと思います。

社長:確かに、そういう風にも考えられますね。

Y 君:一方で、気を付けないといけないことがあります。それは、現在と100年前では社会情勢が大きく異なる、ということです。100年前は技術だけでなく物理的な距離が海外企業や新しい企業の参入障壁となっていたのですが、インターネットという情報通信技術はこの障壁を取り去りました。つまり、ユニコーンにゼブラが食べられるというと変ですが、最初からゼブラになることを目指しても安定走行する前に淘汰されることが考えられます。このため、ユニコーンと並走するくらいのスタートダッシュを考えないとゼブラとしても生き残れない、というのが本日提案させて頂く内容になります。

社長:話としては面白いと思います。続けてください。

提案された FPGA 製品の方向 (案)

Y 君:それでは、お手元の資料、5ページ目をご覧ください。

図 1.ユニコーン企業の規模およびフォーカスされている分野:Human Global Unicorn Index 2020 の Rank 1 から Rank 100 までの企業を分野ごとにまとめ図示したもの。AI、IoT、AR/VR などは話題性ほどにサイズが大きくないことがわかる。ただこれは、技術がこなれ、応用分野と融合してきたとみる方が自然だろう。つまり、興味の軸足が、単純な技術開発および技術提供ではなく、技術を利用した応用例、システム構築、サービス提供に移っているということができる。

社長:この図は何ですか。

Y 君:これは、Hurun Global Unicorn Index 2020 のデータを基に、ユニコーンが扱っている分野を色で、その取り扱い規模をサイズで表したものです。

社長:確認させてください。つまり、この図は、ユニコーンを国別ではなく扱う技術で分類し、その分類を色で、各分類に含まれるユニコーンの総価値をサイズで示したもの、ということでいいかしら?

Y 君:はい、まさにその通りです。

社長:わかりました。続けてください。

Y 君:この図には、日本で話題となっている AI、 Blockchain、 Robotics、AR/VR、IoT などの言葉があります。ただ、想像されるような大きなサイズではないと思います。ただ、これらの技術が重要でない、ということではありません。諸外国では、既にこれらの技術は、目的を解決するための手段として、応用分野と融合・同化する形で提供されています。よって、新部署においても、これらの手段を前提とした製品やサービス開発は行わない予定です。顧客と向き合う私企業として、技術の押し売りや手段ファーストに基づく製品開発はナンセンスと考え、ニーズベースで開発を進めたいと考えています。つまり、顧客の要望に合わせて柔軟かつプログラマブルな部署としてありたいと考えています。

社長:ポリシーはわかりましたが、それで、一体どうするのでしょうか。

Y 君:お手元の5ページ目の図をもう一度ご覧ください。この中で特徴的と思われる部分は Social Media およびこれに関連する Gaming と思われます。2020年は、コロナ禍により、人と人との繋がりや関係の有り方について世界規模で考えさせられた1年だったと思います。そして、その繋がりに情報通信技術が予想以上の貢献を示しました。

社長:デジタル化という重い腰がようやく動いた、という1年でもありましたね。

Y 君:はい。そして、人と人との新しい繋がりと言う部分に音声通信のリニューアル技術に注目を集めています。新部署では、当該市場の急速な拡大を見込み、この音声通信を対象にしたポータブルな FPGA システムの提案を考えています。まず、FPGA を使用することで、現在のラックマウントで実現されているミドル~ラージサイズのシステムを卓上サイズに小型化かつ省電力化できます。次に、我が社のこれまでに培った通信関係の技術を用い、システム上およびシステム間のデータポータビリティとその保護についても考慮できると考えています。

社長:確かにこの10年は情報伝達の手段が大きく変わりましたよね。twitter や line と言った文字情報、インスタなどでの画像情報共有、youtube などでの動画、そして今度は実時間でのやり取りを含めた音声市場、ということですね。でも、今、なぜ音声なのでしょうか。

Y 君:音声そのものはこれまでにもラジオ (一方通行) や電話 (双方向、P2P) という形で存在していました。ただ、これでは不十分ということで複数が参加できる Zoom、Microsoft Teams、Google Meet、Cisco WebEX などが発達しました。しかし、これらは既存技術の延長線上でしかなく、極論を言えば、複数のトランシーバで交代に話すような不便さがあります。大人数を集めたセミナーもありますが、やはり不便さが残ります。

社長:会社で利用していますけど、私はそれほど不便に感じたことはありませんね。

Y 君:用途を会社の利用に限定するなら、あまり不便は感じないかもしれません。ただ、雑談や普段使いだと不便だと思います。

社長:そんなものですかね。

Y 君:例えば、Clubhouse や Spoon などのここ最近拡大している新しいサービスや オンデマンド型の Podcasts や Spotify など情報提供にも変化が出ています。情報通信はドライな技術ですが、ここにウェットな繋がりをどう実装し提供するかがユニコーンが注目している部分です。ヒトが生きていく上では一定の繋がりが必要です。これが情報通信技術の上にのり Social Media という言葉が一般的になり、Shared Economy という言葉も続けてクローズアップされることになった以上、情報通信機器を用いたこの市場が無くなるということは考えにくいです。利用される技術は変わっていくかもしれませんがサービスは必ず残ります。今後、成長が大きく期待できる市場と考え、この分野を対象とした製品投入について議論させて頂きたく。

社長:わかりました。まず、確認させて欲しいのですが、対象とする市場は本当に成長しているのでしょうか。

Y 君:音声市場は大変な勢いがあります。「ハードウェア」×「ソフトウェア」×「サービス」×「コンテンツ」が揃い、この10年で、Youtuber と同様に高額な収入を得る配信者も増えています。文化・娯楽・メディアへの投資や要求はなくなりません。例えば、3ページ目に戻りますが、Fintech, Shared Economy に続いて Social Media が第3位で評価額は約1080億 US ドルです。Biotech、Blockchain、また Cyber Security も考えましたが、合計しても1000億 US ドルには届かないうえ企業数は多く既にレッド・オーシャン (Red Ocean: 血で血を洗うような激しい競争市場の意) 化が始まっています。私は、ブルー・オーシャン (Blue Ocean: 競争の少ない理想的な未開拓市場) を対象に進めたいと考えています。

社長:ちょっと私の質問の回答にはなっていませんがいいでしょう。ところで、10年弱で我が社の価値を大きく超えていると思うと少し嫌になっちゃいますね。

Y 君:はい。ただ、そこで眺めていても仕方がないので、ユニコーンの尻馬に乗るわけではないですが、有力なベンチャーとタッグを組んで本件について進めていこうと考えています。残念ながら、日本では市場がまだ大きくないので話を進められていませんが、インド、ブラジル、インドネシアなど、海外の支店を通じ調査を始めました。現地において非常に良い感触を掴んでいます。

社長:海外では日本で予期しない問題が発生することがあります。現地での法令等も含め、現地調査は時間がかかっても良いのでしっかりと進めてください。調査不足な部分および不確定の要素は大きいですが、1回目の報告としてはまずまずだと思います。

Y 君:ありがとうございました。

社長:次回は、どのような製品を作るのか。提案する製品の新規性や有意性、またコストなどについての報告も期待しています。頑張ってください。

会議の後で

はぁー。

自動販売機で購入したお茶を片手に大きなため息をつく Y 君。どうにか、1 回目の報告を終え、方向性についてもまずまずの感触を得た。しかし、次回までに FPGA の特徴を活かしたシステムやそのシステムが扱う内容ないしサービスについて調査も含めて提出する必要がある。幾分か後ろ髪惹かれる分野はあるが、時間もないし音でまとめてしまおう。成功して余裕がでれば部署の人員も増えて別のテーマにも取り組めるはず。

まずは、他力本願だけど今回の話を先生にして幾らかコメントをもらおう。安易に引き受けるんじゃなかったかも・・・。

(次回へ続く)

筑波大学 山口佳樹

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