FPGA 使え、って社長に言われた。さぁ、どうする? (3)

前回までのお話

 FPGA を組み込んだ新製品開発に向けて調査を始めた Y 君。そもそも FPGA って何だろう、というところから見直そうと大学時代の研究室を訪問。大学時代の恩師に相談するも、「満足度の高い製品開発が重要であり FPGA を使うことが重要ではない」とそもそも論から諭される。それでも、と FPGA についていくつか教わり、一旦会社に戻ることにした。(前回の話はこちら

質問する際は事前準備をしっかりと

Y 君:ただいま、帰りました。

U 氏:おー、帰ってきたか。疲れただろう。甘いものでも食べて一息ついたらどうだ。

Y 君:ありがとうございます。お言葉に甘えて頂きます。モグモグ、ゴクン。

U 氏:そんなに慌てて食べなくてもいいのに。久々の大学はどうだった。

Y 君:若者が多くていいですね。ただ、会社から電車 1 本で着くとはいえ、大学は遠かったです。

U 氏:そうか。でも、行く前より大分調子は良さそうじゃないか。FPGA 相談は十分にできたのかい。

Y 氏:はい。FPGA をどう使うかではなく、どのように使えるかを考えてみたらどうか、と教えてもらいました。

U 氏:んんっ? Y 君が考えている製品アイデアを持って行くとか、我が社の技術シーズを紹介しそれについて相談した、とかではないのか。

Y 氏:実は、FPGA についてまだ良くわかってませんので、基本的なことを教わっていました。

U 氏:おいおい、そんなので大丈夫か。あと2カ月もないぞ。

Y 氏:はい。あわよくば先生からアイデアをもらえたらと思ったのですが、そんなに甘くはありませんでした。

U 氏:それは、先生だって我が社の製品や技術について知らないだろうし、楽観的すぎるだろう。それにだ、質問するということは相手の時間をもらうわけだから、十分に事前準備してから質問しないと相手を困らせ迷惑だろう。加えて、時間の無駄だぞ。

Y 氏:すいません。確かに、失礼だったと思います。申し訳ありませんでした。それに、自社製品の調査についても不十分でした。次は気をつけたいと思います。

U 氏:謝るのは俺にじゃなくて先生にだろう。礼儀という点でも準備はきちんとしていかないとな。

Y 君:すいません。

U 氏:あー、そんな悄気 (しょげ) げるな。先生はそんなに怒ってなかったんだろう。過ぎたことは仕方がない。次はうまく相談できるように心に留めておけばいいだろう。

メーカの FPGA 売上推移からみる FPGA 市場の推移

U 氏:そうすると、結局何も進まなかった、ということか。

Y 君:はい、申し訳ありません。

U 氏:俺に謝っても意味ないだろう。うーん、残業になるが、いくらか一緒に考えるか。

Y 君:助かります。ありがとうございます。

U 氏:それで、FPGA 市場の調査はしたのか。

Y 君:市場調査ですか?インターネットで色々とは調べてみましたが・・・。

U 氏:そうではなく、FPGA 市場全体でどのような製品が出回っているかだ。

Y 君:はい。だから、インターネットで・・・。

U 氏:そうじゃない。インターネットで一つ一つの製品を調べるのではなく、どのような傾向があるかをマクロ視点で調査する、ということだ。普通は調査会社などにお願いするが、その様子だと何もしてないんだろう。時間もないし手元の資料で代用しよう。

Y 君:どうかよろしくお願いします。

U 氏:Y 君。FPGA 市場は Xilinx と Intel の 2 社で寡占されているというのは間違いないな。

Y 君:はい、そうです。

U 氏:ならいい。こういうこともあるかと、財務情報や会計報告から情報を得やすい Xilinx の方を調べておいた。

Y 君:財務指標や会計報告ですか?

U 氏:そうだ。どの分野やどの部門の売り上げが高いか、どのような投資をしているか、などが大まかにでもわかる。資金の動きを見れば会社の方向性や市場の動向は見えてくる。

Y 君:今まで、そんなことを考えたこともありませんでした。

U 氏:新規開拓を目的とした研究者や言われたことを黙々と実行する一兵卒として働くなら技術だけ気にするでもいいだろう。だが、Y 君。君はこれから管理職になる。上を目指すなら、技術だけでなく経営、教養、他人への配慮など、もっと顔を上げて広く世界を見る必要があるだろう。

Y 君:わかりました。これから、色々と勉強していきたいと思います。

U 氏:それでは改めて Xilinx FPGA の年次推移を見てみよう。

図 1. Xilinx, Inc. の売上推移。読者で興味ある者はこの URL で詳細な情報を確認できる。Xilinx と Intel の 2 社で 90% 以上の FPGA 市場を寡占していると考えると、この売上推移に比例して FPGA 市場も成長していると予測できる。なお、我が国では、会計年度は学校法人の年度 ( 私立学校法 ) を意味し、株式会社の年度は事業年度 ( 会社法 ) と定められている。本記事ではこの定義に倣って事業年度という単語を使用している。

Y 君:図1は何を意味しているでしょうか。

U 氏:図1は、事業年度の収益を示している。これを見ると、10年以上にわたって継続的に成長を続けているし、ここ2年間を見ても急激な成長があることから、まだまだ伸びしろはあるだろう。

Y 君:いくらかの上下の変動が見られるけど、確かに、右肩上がりに成長していますね。

U 氏:そうだ。15年前と比べて約2倍ということは、年率 5% くらいで成長しているということだ。新部所創設という社長の思いつきは、当たらずといえども遠からず、ということか。まぁ、当てるのは Y 君の仕事だけどな。

対岸の火事・・・ほど甘くない

U 氏:では、続けて図 2 を見てみよう。

図 2 Xilinx, Inc. のここ 3 年間の売上推移詳細。2020Q3 より Wired and Wireless Group の売上推移に減少が見られる。Huawei に対する禁輸措置 ( 2019 年 5 月 15 日に署名された大統領令および Huawei および関連企業の禁輸措置対象リストへの追加 ) も影響しているのではないか。なお、Xilinx を始め、Intel、Qualcomm、Broadcom などのメーカが商取引を停止したことが報道されている。グローバルな闘争は、特定の国だけでなく、日本企業に与える影響も大きい。

Y 君:今度は、Q1 とか Q2 とかありますが。

U 氏:確かに。わからないだろうから先に説明していこう。報告書には事業年度という概念がある。

Y 君:事業年度?

U 氏:カレンダーの1年は1月より始まり12月に終わるが、事業年度は、納税や株式という観点からある連続する12カ月を1年として設定している。詳細は省くが、まず、国によって事業年度は異なっている。日本のように4月から翌年3月までを事業年度とする国もあれば、カレンダー通り (1月~12月)、7月~翌年6月、また10月~翌年9月など様々だ。もし、複数の会社を比較する場合は事業年度についてもきちんと確認したほうがよいだろう。

Y 君:はい、わかりました。あと、Q1 とは何でしょうか。問1とかではないですよね。

U 氏:その答えは斬新だな。Q は Quarterly Results の略で日本語だと四半期決算という意味だ。事業年度を3カ月ごとに分けて示している。つまり、Q1 ~ Q4 を合わせると1年分となる。

Y 君:そうすると、図2の2020年度第3四半期 (2020Q3、2019年10月~12月) からの売上の落ち込みが気になります。

U氏:これは、FPGA が原因というよりもハイテク情報産業を対象としたグローバルな貿易戦争が影響しているだろう。余談だが、少なくない数の日本企業がこの影響を受けているだろうな。

Y 君:影響を受けるということは、通信市場を避けて製品開発を考えたほうが良いということでしょうか。

U 氏:そんな短絡的なことは言ってない。影響を受けてもうまく対応する方法はあるだろう。例えば、新部署は FPGA を対象としている。FPGA は CPU や GPU に比べて他社製品に置き換えやすい。

Y 君:それは、FPGA を使い分ける、ということですか。

U 氏:その通りだ。世界市場にはこれまで通り Xilinx や Intel の FPGA を用い、特定の国にはその国の FPGA を使うという選択肢もあるだろう。FPGA はあくまで部品なのだから、それこそ柔軟に対応すればいい。重要なのは、本筋を見誤り、枝葉ですり減らないようにすることだ。

Y 君:ふむ。そうすると、様々な FPGA で統一的に使える開発設計環境があると良いですね。

U 氏:いい着眼点だ。例えば、CyberWorkBench などの商用の CAD ツールや、Omni Compiler Project などの取り組みが今後より注目を集めるだろう。

Y 君:わかりました。頭に入れておきます。

FPGA に合いそうな分野はどこだ?

Y 君:図1、図2 と見ましたが、結局、FPGA を扱うと考えたときどのあたりが良いでしょうか。

U 氏:色々と利用できそうなのは確かだ。ただ我が社の事情を考えると、産業用や車載は専業メーカがいて参入は難しいだろう。そうかといって AI は激戦区。現在、具体的な問題があるわけでもなく、一方で、レッドオーシャン化が進んでいることを考えると、これもまた望ましくないだろう。

Y 君:でも、AI に関しての市場は急拡大すると聞いています。例えば、図3です。

図 3 AI および推論に伴う市場拡大の可能性(情報源: Barclays Research reports May, 2018, via Slide 34 in Building the Adaptable Intelligent World presented by Kirk Saban, Xilinx)

Y 君:これを見ると、予想される市場規模は300億ドルを超えています。AI は一つの候補として十分有力だと思うのですがどうでしょうか。

U 氏:AI 市場に FPGA を投入することに否定はしない。ただ、我が社が参入する、ということを考えたとき2つの問題がある。

Y 君:それは何でしょうか。

U 氏:一つは、確かに市場は大きいけれど、FPGA だけが利用される訳ではない。GPU や CPU、また専用の AI チップを作るというケースもあるだろう。加えて、AI サービスや AI アプリ、またそれらの開発ツールなども市場規模にカウントされていると思われる。そうすると、FPGA という観点で見たとき、予想よりも非常に狭い市場で勝負することになるだろう。

Y 君:でも、そこで勝つ製品を作れば良いわけですよね。

U 氏:それがもう一つの問題だ。このグラフの最初の値を見ると 2016年から存在する。つまり、2016年には市場が既に形成されている。5年以上前からの先行プレーヤーが存在し、我が社はそれに後続するメーカとなる。先行メーカはブランドをある程度構築しているだろう。つまり、それに勝たなければいけない。我が社の新製品は、先行するプレーヤ以上の性能であることが望ましく、かつ、価格についても同様に吟味する必要がある。

Y 君:はい。安くて良いものを作ります!

U 氏:ポジティブでいいぞ。その通りだ。ただ問題は、うちは通信メーカで、かつ AI ブームに合わせた人材育成や新入社員や中途の募集を行っていない。もし、FPGA + AI で舵を切るなら、それなりの専門家を集める必要がある。

Y 君:AI の専門家ですか。

U 氏:そうだ。AI の専門家と FPGA が組み合わさることで、ニッチな市場から我社の製品を広めていくことが可能だろう。しかし、我が社の現状ではこの体制を短期に立ち上げるのは非常に難しいだろう。

Y 君:では、何がいいでしょう。

U 氏:Y 君。我社の本業は何だい?

Y 君:通信・・・、あ、通信ですか?

U 氏:そうだ。グローバルな闘争に巻き込まれるから通信は止めたほうが良い、という話をしていたけど、闘争とは無関係に情報通信は今後もより重要になってくるだろう。また、扱うデータ量もそれに合わせて指数関数的に増えていくだろう。データ量の増加については図4のようなグラフが公開されている。

図 4 取り扱いデータ量の指数関数的増加。 ( 情報源:Palantir Technologies, via How a technology created to support scientific research can revolutionise the way big corporations deal with data by BioSeek JSC.)

Y 君:すると、通信とストレージを合わせる、あたりが我が社の一つの戦略でしょうか。

U 氏:そうなるね。そうすると、大学で聞いた話も生きてくるんじゃないかな。

Y 君:はい。居残りありがとうございました。まず、その方向で案を一つ詰めて見たいと思います。

帰宅後の楽しみ

「ただいま」

そうか誰もいないか。妻と子供は里帰り中。都内は物騒ということで、まぁ、ご時世として仕方がないか。

ただ、一人暮らしの楽しみ、というものもある。

コンビニで買った枝豆と厚焼き玉子、あとはホルモンを皿にのせて準備。冷凍庫から取り出したジョッキに冷えたビールを注ぎ、乾いた喉に流し込む。

プハー、このために生きてる!

今日は、色々あったけど、とりあえずなんとか目処は立ってきた。あとは、我が社のどの製品とつなげて、どのメーカに売り込むかということが見えてきたらプレゼンもうまくいくだろう。

どこかに参考になるような話はないかな。ネットサーフィンでもしてみるか。

・・・・

お、FPGA 関連のワークショップをやるらしい。無料だから登録しておくか(終了しました)。

あとは、先生にお礼とお詫びのメールを送っておかないと・・・・。

(次回へ続く)

筑波大学 山口佳樹

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